自分の街をつくる

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1983年発売のファミコン(ファミリーコンピュータ)、ファースト・コンタクトは小学校1年生。
ファミコン育ちのファミコンっ子です。
運動音痴をブラウン管の中でも存分に発揮し、アクションやシューティングは敬して遠ざけ、もっぱらRPG専門。
悪の魔王を倒してお姫さまを助け出し、世界に平和をとりもどすのにいそしんでいました。
RPGといえば、ダンジョン。

ダンジョン 【dungeon】

 地下牢(ろう)。土牢。
ロールプレーイングゲームなどの舞台となる、迷路に似た構造をもつ空間。
(大辞泉)

松明のわずかな明かりだけを頼りに暗闇の中を進み(想像)、曲がりくねった道を行きつ戻りつ、また行き止まりだといっては引き返し、つぎつぎ襲ってくる魔物を相手に気力体力はすり減る一方、ときにはトラップにひっかかって一からやり直し、ときには秘密の部屋に隠された宝箱の中から魔法の剣を見つけ、最深部にひそむ悪の親玉をやっつけて、地上に戻ってくるまでが冒険だ。

ダンジョンの地図を作るのが好きでした。
言ってみればダンジョンに潜る目的は、最深部に隠された宝物を見つけ出すことか魔物の親分をやっつけることなのに、どうやらこちらの道が正解らしいとわかっても、さっきの曲がり角の先には何があったんだろうと気になり始めるともうだめで、わざわざ引き返してああやっぱり行き止まりだったんだ、と自分の目で確かめないと気がすみません。
だって、あの曲がり角の先に、もしかしたらとんでもないお宝が待っているかもしれないもの。
なんてことをやっているうちにヒットポイントも呪文も底をつき、本来の目的を果たせないままあえなく討ち死にという経験をくり返しているくせに、地図づくりはやめられません。

自分の住む街を歩くときも、気になってしまう。
自転車を持っていないのでもっぱら徒歩、てくてく歩く、ひたすら歩く。
買い物帰りで重い荷物を抱えてうんうん言っているときでも、ふっといつも通りすぎていた細い路地の先に、あんな看板あったかしら、尻尾を揺らしながら遠ざかっていく猫の後ろ姿が見えたような、と思い始めるとがまんができません。
何種類ものお米をその場で精米してくれて手作りの味噌やおにぎりも売っているお米屋さんも、メニューはコーヒーと手作りのケーキ2種類だけの喫茶店も、webでだって見たことない珍しいスニーカーを置いているセレクトショップも、古い古いマンションの一室に週末だけオープンしているギャラリーも、みんなそうやって見つけました。
そうして見つけた場所をどんどん書き足してどんどん広がっていく地図を見ていると、まるで自分が街をデザインしているような気分になります。知っている道と場所が増えて、顔なじみの行きつけのお店が増えて、どんどん大きく広がっていく自分の街。議員でも知事でもなくても、街づくりはできるのです。

いまの街に引っ越してきて10年足らず。まだまだ知らない道はたくさん。
あの曲がり角の先に何が待っているのか、地図づくり、街づくりの冒険の旅はつづきます。

 

mu2015-225

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