欠かせない道具

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「肥後守」を愛用しています。
折りたたみ式の小刀。
父の世代に見せれば「懐かしい」という声が返ってきそうな、何十年も変わっていないであろうクラシックで完成されたデザイン。
新宿マルイ本館の生活雑貨店「ANGER」で見つけて以来、仕事に欠かせない道具のひとつになりました。

本になる前のゲラ(校正刷り)を読んで、誤字脱字や事実関係の誤りがないかどうかをチェックするのが、校正の仕事です。
読んでいて気がついたことはゲラに書き込み、編集者と著者の判断に委ねます。
かつてはこの作業を「赤字を入れる」と呼んでいましたが、手書きからコンピュータへと執筆環境が変化したいま、校正者が「以下の如く修正されたし」とゲラに赤鉛筆で書き込みをすることは減ったのではないかと思います。
(印刷所で植字工が手書きの原稿を見ながら一字一字活字を拾って版を組んでいた活版印刷の時代には、原稿とゲラを引き合わせ(見比べ)、原稿が一字一句違わずゲラに再現されているかどうかを確認し、原稿と違う文字が入っている、あるべき文字が抜けている、といった誤植を見つけると赤字で訂正を書き込むのが校正者の仕事でした。ほとんどの原稿がテキストデータでやり取りされる現代においては、そうした「誤植」が起こり得なくなっています)

では、たとえば人名、地名といった固有名詞の誤り、意味の通らない文章、明らかな誤字脱字タイプミスと思われるものを見つけたとき、現代の校正者はどうするのか。
出版社や媒体によって異なるとは思いますが、私の場合、疑問はすべてえんぴつでゲラに書き込みます。
「えんぴつ」なのです。
「シャープペンシル」ではいけないのか?
少なくとも私は使いません。

校正者がゲラに書き込んだ疑問は、編集者によって取捨選択され、著者に伝えられます。
このとき「消せる」ことが重要なのです。
編集者あるいは著者が読んで「不要」と判断された疑問はすみやかにゲラの上から消し去れること。
ほんとうに必要な疑問だけが「赤字」として残り、印刷所によって新たなゲラ(再校、三校、念校……)に反映されること。
そのために、シャープペンシルと違って紙に跡を残さず、軽く消しゴムをかければ消える芯の軟らかいえんぴつを使います。

えんぴつを肥後守で削るのが好きです。
職場には電動の立派な鉛筆削りが備えつけられているのですが、これで削ったえんぴつはなにしろすぐに丸くなってしまいます。席を立つたびに集中が途切れるのがいやで、思い出したのが小学校に入学して初めて持った自分の筆箱。切出ナイフで削ったえんぴつ。といって手許にあるわけでなく、しばらくはカッターナイフを使って削っていたものの、これではいささか味気ないし、なにより職場でカッターを取り出し「チキチキチキ……」というあの音を立てるのもいかがなものかと。

肥後守で芯を好みの長さに削ったえんぴつは、何時間も机の前に座りゲラの上の一文字一文字を追いかけつづける集中力を途切れさせないために、私にとって欠かせないものなのです。
そう考えると、校正の仕事をするうえでこれだけは手放せない道具というのは、実は、自分のアイコンとして選んだ「えんぴつ」ではなく「肥後守」だったのかもしれません。

 

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