四月はじまり

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手帳は毎年同じもの、それも四月はじまりの手帳を使っています。

最後に通った教育機関を卒業してから干支は一回りし、組織や団体に属する身でもなく、新学期や新年度としての四月は私には関係のない区切りです。それゆえ、手帳は一月からスタートすれば良さそうなものですが、四月はじまりを選んでしまうのは未だに「学生気分が抜けていない」ことの現れでしょうか。長年、教育によって定着された習慣は容易には変わらない、とも言えます。

「四月はじまり」には希望があります。
一月一日に新年を迎えて「さあ良い一年に」と意気込んだ決意も空しく、三が日はあっという間に過ぎ、そして松納め、あれよと成人の日を越えてしまうのは毎年のこと。悔し紛れに「正月は旧暦で」などと寒空に呟いても、かえってクシャミが出るばかり。それに比べて四月は満開の桜が咲きます。フレッシャーズが街に溢れます。朝が明るい。つまり空気に活力がある。その活気を少しずつ頂きながら、今度こそは!と二つ目の力こぶをつくる。それが「四月はじまり」です。

四月はじまりの手帳

四月始まりの手帳と従兄弟から贈られた筆記具

私が使っているのは高橋書店の手帳。具体的には「No.812 ニューダイアリー アルファ 5」という銘柄です。なぜこの手帳を選ぶかと言えば、やはり習慣の定着が大きいですが、二十年以上の付き合いになる愛用の筆記具と手帳の紙質との相性が良いことや、ページのめくりやすさ大きさ、機能のバランスなどがあります。こうした実用が備わっているからこそ、ストレスなく使用でき、それゆえに選びつづけるという関係性を、自らもものづくりに携わる身として大いに参考としながら、一年を共に過ごしています。

では、習慣となる以前の最初にこの手帳を手にしたのは何故か。触ってみて気に入ったのはもちろんですが、そもそものキッカケは「手帳は高橋」、この有名なコピーの誘引力にあるのではと。手帳は高橋、と断言されると「そうね。高橋ね」と応じざるを得ません。こうして私はあれこれ迷うことを止めて高橋の手帳を愛するに至ったというわけです。

手帳から色々な意味で学ばせて頂いた私は、そろそろ声を大にして言ってみるべきではないでしょうか…「竹籠は初田」と。

はやいもので、四月もすでに四日が過ぎました。

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