幸福の闘球盤

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 3月29日に投稿された牟田さんの記事『欠かせない道具』を読み幼少期の記憶が蘇った。
「おー、子供のころよく肥後守で鉛筆削ったなぁ。」
いや、さして勉強をしなかった自分がそんなに鉛筆を削るはずがない。
では何を削っていたのだろうか。「あ、蝋石を削ってたんだ!」
 子供の頃、蝋石は遊ぶための必須アイテムだった。マルバツゲームやケンケンパのマス、落書きなどをアスファルトの地面に描くため、また苗字が”白石”というだけあって、奇麗な”白い石”に愛着があったのだろうか肌身離さず持っていたものだ。ただ、地面に図形や字を書くために肥後守で蝋石を削る必要はない。

 闘球盤というゲームがある。指で球を弾き飛ばし点数を競うカーリングに似たルールのゲームで、その球の滑りを良くするために蝋石を使った。
私の父は闘球盤の名人であった。父と対戦したいがために、蝋石を粉状に削り盤上に撒き、いつでも遊べる用意をしておくのだった。肥後守は両刃のため左利きの私でも使いやすくとても重宝したものだ。
 さて闘球盤。このゲームをみんな知っているのだろうかと少し調べてみた。正式にはクロキノールまたはクロックノールというらしい。また昨年公開された「昭和天皇実録」には、昭和天皇が幼少期に熱中して遊んだとの記述があるようである。
昭和天皇と同じ遊びをして育ったのだという優越感に浸りながら、久しぶりにやってみようと友人を誘った。幼少期より大事にしていたこの闘球盤は、父が青年時代に手作りしたというもので60年か70年の時を経ている年代物だ。父から伝授された技を友人たちに伝授しつつ闘球盤に興ずる。
雄叫び、笑い、感動、そして過去と現在が渦巻くなか、幸福というものを感じるのだった。

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