「校正者のカバン」が欲しい

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

オットをみていると、つくづく自分とは正反対の人だと思います。
唯一の共通点は食べものの好き嫌いがないことと、校正を生業にしていること。

正反対のわかりやすい例を挙げれば、荷物。

オットはとにかく荷物が少ない。

会社へ行くときはいちおうPORTERの斜めがけカバンを持っていくけれど、その中身も財布、iPhone、タバコ、電車の中で読む文庫本か新書、以上。

会社に校正ハンドブックを忘れて、オットに持って帰ってもらった日には、開口一番、

「きょうはカバンが重かった……」

校正ハンドブックというのは、会社で決められた正字や送りがな、表記のルールなどをまとめたものです。判型はA6変形判、文庫本より少し大きい程度。

思わず「わたしはいつもあなたの何倍もの重さのカバンを持ち歩いているんだけど……」と言いそうになりましたが、のみこみました(夫婦円満、家内安全)。

なぜカバンが重いのか。

これはわたしが出版社の正社員であるオットと違い、あちこちの出版社に出入りするフリーランスの校正者として働いているからかもしれません。

ある日のカバンの中身を見てみましょう。

校正者の荷物といえば、まずはゲラ(校正刷)。
本1冊分のゲラですから、当然それだけの重さがあります。
これに原稿(手描き原稿の場合はそのコピー、データ入稿の場合はテキストデータのプリントアウト)がついてきますから、すでに本2冊分の重さ。

次に参考資料。
ゲラの中でたとえば村上春樹『ノルウェイの森』からの引用が出てくれば、原典とゲラの該当部分を一字一句引き合わせて誤りがないか照合を行います。『ノルウェイの森』は単行本・文庫版ともに上下巻ですから、これで2冊。
引用が多ければ、あるいは参照している資料が多ければ多いほど、図書館や書店・古書店をまわって集めてくる本の冊数も増えることになります。
短い随筆1本や書簡1通の引用を確認するために、立派な装幀の全集を十何冊担いで(もはや「持って」といえる重量ではありません)図書館から帰ってくることも。
智の重みをフィジカルに体感する瞬間です。

さらに通勤電車の中で読むための本(この期に及んで自分の読書のための本を持ち歩かずにはいられない活字中毒者の性よ)、文房具、iPhone、iPhone用キーボード、手帳、化粧ポーチ、お弁当、財布……。

総重量はこわくて計ったことがありません。米俵よりは軽いはず。たぶん。

この調子なので、カバンに求めるのは「大きさ」と「軽さ」、「耐久性」。

中目黒の古書店・カウブックスのオリジナル帆布トートは、実際に店舗間で商品を移動する際にも使われているというだけあって、本をぎっしり詰め込んでもびくともしない頑丈さと絶妙なサイズ感が使い勝手がよく、色違いで持っています。

ですが、ときには見上げるような立派なビルに入った大手出版社にお伺いしてゲラの受け渡しを、という事態も発生するわけで、制服を着たガードマンの前でふと自分の格好を見下ろせば、Tシャツにチノパン、持ち手が擦り切れたのを何度も補強しながら使っている帆布のトートバッグ……。
きれいにお化粧して髪を巻きヒールの音を響かせながらあらわれた女性編集者の前でスナネズミのように小さくなってしまわないためにも、やはり、あるい程度きちんとした装いがしたい。

そこで「大きさ」「軽さ」「耐久性」、くわえて「きちんと感」という条件を満たすカバンが、なかなか見つからないのです。

ゲラがぴったりとおさまるサイズで、手に提げても肩から掛けても使える長さの持ち手、身長が低くても高くてもバランスよく見えるデザイン、できれば素材は軽くしなやかで使い込むほどに味わいの増す革で……というイメージだけは頭のなかにしっかりとできあがっているのですが。

「ないのなら、作ってしまえ、校正者」

というわけで、いつかどこかのメーカーと、あるいは作り手とコラボレーション(言い慣れない言葉ゆえ、舌を噛まないよう慎重に発音)して「校正者のカバン」を作ったなら、存外需要があるのではないかと想像(妄想)したりもするのです。

 mu20150715

関連記事

コラム一覧

2015年7月
« 6月   8月 »
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031