墨流しの妙

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濃紫色の不如帰や鉄線
濃緑からすっと立ち上がる鮮やかな石蕗
桜餅の香り漂う淡紫色の藤袴
秋の花もそろそろ終わりを迎え
鍋の膠も朝夕の冷たさにすっかり凍えている

藤袴

「墨流し(すみながし)」という装飾技法をご存じだろうか
墨流しはその名のとおり水面に墨を浮かべて和紙に写し取る技法である
小学校の図工などでやったことのある方もいるだろう

平安のむかしから墨流しという装飾技法がひっそりと受け継がれてきたが
いつの時代もその美しさは決してメインを飾るものではなかったと思う
実際に古筆の用例も少なく、その独特の模様から敬遠する書家もいたもかもしれない
現代では実際に墨流しを美しく加工できる工房もあまり無く
その美しさについて記された書物も少ないので
今日は料紙装飾における墨流しの美しさを加工する目線から見て考えてみた

基本的な墨流しの取り方は
①桶に水を溜め波が収まるまで待つ
②新聞紙を水面に浮かべ小さなホコリや手垢などの浮いた油分を取り除く
③波が収まるまで待つ
④墨を含んだ筆先を静かに水面に5秒ほど浸ける
墨はどこのものか、、、銘柄のない和墨で色味は黒色に近い青墨を使用
墨を磨る
⑤鼻の頭の油を指先に付け先ほど墨を落とした中央に浸ける
⑥④と⑤の作業の繰り返し
料紙用の墨流しは文字を邪魔しないように薄めに模様を取る
水面に有るか無いか薄くて目を凝らさないと見えないくらい淡い
墨を流す1 墨を流す2
⑦油を付けた指先で墨の形を整えて和紙をそっと浮かべて写し取る
和紙に写し取る
干す

鼻の頭の油を使うというのは汚く思う方もいるかもしれない
針仕事のとき髪の毛の油を針にとおす様な感覚が近いといえる
油分は界面活性成分を含む中性洗剤や洗濯のりなどでも代用できるが
薄めても効きが良すぎるため墨を流した時に自由に形を作り難くなるのだ

その歴史は古く中国の陶磁器の流し絵模様が9世紀ごろ(平安時代)日本に伝わったと云われている
また一方でこの技法は中国からシルクロードを通り
トルコでエブルという装飾技法として発展したのち
17世紀にヨーロッパに渡りマーブリングになったといわれている
難しい技法ではないので実際はもっと古くから存在していたかもしれない
ヨーロッパのマーブリングは水にこんにゃく糊を使うので水面に弾力があり比較的自由に絵が描ける
また向こうは大理石が豊富なので模様や色も細かく大理石風に取ればとても素敵な色紙になる
日本の墨流しはなぜかそのままの水で模様を写し取るので模様が単純で余白も多く
もっと精神的で哲学的な意味が隠されている気がする

料紙装飾としての墨流しを見てみるとやはり一番美しいと思うのは
装飾技法が頂点に達したと云われる12世紀の扇面法華経や西本願寺本三十六人家集などで
墨流しはどの一葉を見てもとても伸びやかな線で写し取られている
上で記した④と⑤の墨と油を交互に落としていく工程を各15回ほど繰り返していて
水の流れはかなり穏やかなのでほんとに水面が静まった状態で墨を落としたことが判る
また最初は輪っか状に落とした墨を最後に上下からかなり潰して横長を意識して模様を取っている
水面は自由が効かないと思われがちだが加工の仕方により自由度は大きく違う
こういった技法の詳しいことは学問だけ勉強していたのでは解らない事とおもう
水面が風圧や物理的な勢いで大きく動くと墨は流されて渦を巻きながらどんどん細かくなっていくが
この模様を見る限り墨が勝手に動いた形跡が全くないので
墨を自由に操ってかなり意図的に任意の場所に誘導しているといえる

西本願寺本三十六人集
扇面法華経
画像引用)平凡社 別冊太陽愛蔵版 書、日本の美術より

12世紀末鎌倉時代初期に入ると墨流しの形は動きの少ないものや
水が大きく動いたことによる複雑な模様のものが多くなってくる
平安時代に比べると優美さが減り少し荒っぽさが見えるのが鎌倉時代の特徴とも言える
わざとこのように模様を取っているというよりは
加工する職人の意識または技術の低下によるものだと思う
しかしどちらも穂先の鋭さを活かした力強い書風なので
今となってはこれはこれで料紙と書の時代感がとても合っているように見えるので不思議だ
多田切
豆色紙
画像引用)出光美術館図録 古筆手鑑より

私個人の結論はやっぱり平安時代の伸びやかで優美な墨流しがいちばん仮名書には合うということ
墨流しは需要が限られているので仮名書道が専門の方でも
美しい墨流しの料紙を見る機会は少ないと思う
そうして使い手に忘れられていくことがいちばん危機的で
100年後に「墨流しの美しさ」が残っているかも怪しい
墨流し紋様を木版で取ったものはバランスも良く綺麗で同じものを何枚も書けるので大変便利
しかし本物の墨流しをお店で見つけたら
模様が途切れてる物や模様が細かすぎる物は避けたほうが良いだろう
良くない墨流し2
良くない墨流し1

現代の仮名書に合う墨流し料紙の加工方法は様々
まずはオーソドックスに
強靭で艶やかな繊維からなる近江の雁皮紙に墨流しを取ったもの
交じりっ気のない本物の雁皮紙の美しい艶は膠仕上げをしなくても上品に光輝く
雁皮に墨流し

薄茶の具を引いた後に墨流しを取った古風な雰囲気のもの
薄茶具引きに墨流し

越前鳥の子紙に墨流しを取り本銀泥で下絵を施したもの
墨流しに銀泥下絵

素紙に墨流しを取りあとから濃い色で染めたあでやかなもの
濃い染め

三椏紙を極細かい雲母で染めて輝きを出しそこに墨流し模様を取り野毛切箔砂子を蒔いたもの等々
パール染めに墨流し2パール染めに墨流し1

書道人口の減ってきた昨今
「料紙ってなに?」という次元で説明するたび本当に悲しい
日本が誇るべき仮名書道の美しさをもう一度見直して
また多様な書風が生まれて後世に伝わるようにしていきたい

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