オリンピックをめざすように

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 生活を支える仕事と、自分のやりがいを求めていく仕事の
両方の車輪で進んでいくのが今の自分には一番フィットしています。
どちらか一方だけでも僕はダメで。
「Shuku Shuku」03(Shuku Shuku、2014年)

校正の仕事を始めて8年めになりますが、
今年はいままででいちばんたくさん
書籍の仕事をした年になりました。
(紙の)本のよいところは
やはり出来上がりが目に見えて
手でふれられることだと噛みしめています。
著者、編集者、校正、デザイナー、写真家、印刷所――
おおぜいの人が力を合わせた結果が
こうして一冊の本になる。
何度経験しても変わらない喜びがあります。

わたしは現在、
月の半分は出版社で雑誌の校正をしながら、
残る月の半分は自宅で書籍やコミックの校正をしています。
書籍の仕事は会社から頂くこともあれば、
ここ数年はTwitterやメールで直接
編集者のかたとやりとりをすることも増えました。
今年お仕事をさせて頂いた書籍のほとんどは、
そうして個人的にお話を頂いたものです
(ありがたいことです、ほんとうに)。

わたしが働いているのは大きな出版社です。
たとえば「文芸」といっても
ライトノベルから純文学、
エンターテインメント、ミステリー、
時代小説、随筆、評論、詩歌に戯曲……
さまざまなジャンルがあります。
その中で次に自分がどの担当になるのか、
どんなゲラ(校正刷)を読むことになるのかは
渡されてみるまではわかりませんし、
選ぶこともなかなか難しいです。
生まれてこのかた野球を見たことのない人が
野球小説の連載を担当することになるかもしれませんし、
この仕事を始めたばかりの新人が
ノーベル文学賞を受賞した大御所の作品を読むこともあります。
もちろん、どんなゲラにもひとしく敬意をもって
たんたんと粛々と読む以外に選択肢はないのですが、
どうしても
「自分の仕事」
「自分(にしかできない)仕事」
という意識は薄くなるかもしれません。

リトルプレス「Shuku Shuku」03号
「特集 働き方のカスタマイズ」で、
家具屋「MOBLEY WORKS」を営む鰤岡力也さんと
「ひなた焼菓子店」を経営する森和子さん
ご夫婦のインタビューを読んだとき、
「生活を支える仕事」と「やりがいを求めていく仕事」
が別々でいいんだ、とびっくりしました。
「生活を支える仕事=やりがいを求めていく仕事」
でなければならないとそれまでは思っていたのです。
(「でなければならない」って、なんだかすごいですね!)

「MOBLEY WORKS」の鰤岡力也さんは、
店舗の什器などを作る卸の仕事をされる一方で、
オリジナルの家具を製作しているそうです。
「卸の仕事=生活を支える仕事」
「オリジナル家具=やりがいを求めていく仕事」
なのですね。

この考え方を踏まえてみると、
いまのわたしは
「会社の仕事=生活を支える仕事」
「個人の仕事=やりがいを求めていく仕事」
の両輪走行ということになります。

これまで個人的にお仕事をした本はどれも、
自分の興味関心のあるジャンルばかりで、
これはひとえにお話をくださる編集者のかたの
采配の妙と思うのですが
(できる編集者は人たらしである、とは
まったく至言と思います)、
それはさておき、現実的な話をいたしますと、
書籍校正の仕事だけで食べていくのはむずかしい。

理由は簡単で、書籍の仕事というのは
ひじょうにコストパフォーマンスの悪い仕事なのです。
仮に200ページの初校を5万円でうけおったとして、
食べていけるだけのお金を稼ごうとすれば
ひと月に何冊読めば帳尻が合うことになるか、
計算してみてください。
ちなみに、わたしが現在お仕事を頂くときには、
初校・再校にかかわらず
一冊あたり2週間を目安にとご説明しています。
おわかりですよね。

一方、会社で仕事をする場合
(これを「出張校正」と呼ぶところもあります)、
多くは「時給」での計算になります。
わたしが担当している雑誌のように
深夜勤務や休日出勤が多ければ
その分は「割増」にもなります。
このような理由から
わたしの知るフリーランス校正者の多くは
出張校正と書籍校正をかけもちしているようです。

会社で仕事をするメリットは
単純に収入だけでなく、
読むゲラの量も多くフィードバックも得られ、
校正者にとって何よりの財産である
「経験」を積めるということがあります。
そういう意味では、わたしは会社での仕事を
「食べていくための仕事」
としてだけ捉えているわけではありません。
7年間のあいだにたくさんの経験をして、
忘れがたいお仕事も少なからずあります
(そういう意味でわたしはほんとうに
恵まれているのだと思います)。
ですが一方で、個人的にお話をいただくと
星の数ほどいる校正者の中から
(たまたまとはいえ)声をかけていただけた嬉しさ、
興味の持てる、共感できるテーマの本に
関われる嬉しさから、スケジュールの許す範囲で
できるだけお受けしたいと思ってしまう。
今年はそれでずいぶん
自分の首をしめることになったのですが……。

「生活を支える仕事」と「やりがいを求めていく仕事」
のバランスをいかにとりつつ、この先仕事をしていくのか。
つねに考えていかなければならないのだろうと思いつつ、
一方でどこまでも校正は「受け身」の仕事でもあり、
まずご依頼をいただかないことには始まりませんし、
なかなか自分で「選ぶ」ということもむつかしいのかな……
つまりは「なりゆき」ということになるのかもしれない。
と、まるで能動的でない結論になってしまうのですが、
いつどんなお話を頂いても
そのときの自分にできる精一杯の力で臨めるように、
コンディションをととのえ、
勉強を続けて、
気持ち(だけ)はいつも
オリンピックの舞台をめざすアスリートのように
ありたいと思う、年の瀬でした。

 

muta20151231

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