役目と形

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じぶんで企画する小さな展覧会を、およそ年に一度のペースで催しています。

会場としてつかわせていただくのは、街の美容室やカフェなど、本来は展示のために用意されたのではない空間で、その場その時に応じた展示を試みることが、ここ数年の私にとってたいへん重要な創作の一部とも言える行為になっています。

そうした機会においては、モノの役割についての説明と表示を簡素に、または全くなくしてしまって、問われた際に自ら口頭でお話しする形へ、だんだんと移行してきました。あるいは問いに答えるだけでなく、こちらから問いかけることも、時によって試みます。

メガネコーヒーにて

メガネコーヒーにて



写真は桜上水にあるコーヒー店、メガネコーヒーです。

手前の皿の上には、包み紙に半身を入れたパウンドケーキがあり、左には金色の光を帯びた煤竹のバターナイフのようなものが見えます。奥の小さな桐箱の上にあるのは茶杓のようです。これらの役目はなんでしょうか。

パウンドケーキを包んでいる茶色の包み紙、これはドリップ式のコーヒーフィルターです。本来はコーヒーを淹れるためのものですが、焼き菓子を包むのにも丁度良い形と大きさです。いつものメガネコーヒーではこのような供され方はされませんが、この日はこのようにしていただきました。

左の煤竹のナイフのようなもの、これは私が削った形に、漆で金箔を貼り、その金箔を研磨してから拭き漆を何度も施したものです。金箔を貼ってくださったのは、このサイトで執筆している一人、装飾料紙鑑屋の木村さんです。木村さんには私の竹の菓子切に金箔装飾をしていただいてもいるのですが、その延長でつくったのがこの形で、私は『煤竹金装刀』と仮に名付けています。

菓子切には、和菓子や洋菓子あるいは果物を切って口へ運ぶ役目がありますが、この金装刀には手で扱って用いるこれと定まった役目がありません。握りやすく、私が美しいと感じる形と大きさに素材の特性のなかで削り、金箔装飾をしています。用途はさておき、まず私が座右に置くためのもの、少なくとも私の触覚や視覚にとっては何らかの意味のあるもので、置かれた場所に何らかの影響を及ぼし、また場所から影響を受けるなかで、やがて役目が与えられることを期待しています。

茶杓は茶を掬うための道具です。砂糖や塩を掬うなど、ほかの用途も物理的には可能かもしれませんが、抹茶を掬うこと以外は許されず、新たな役目の可能性が閉じられた道具です。役目と形の関わりには様々な「かたち」があることがわかります。

道具には目的にふさわしい形状があり、目的から導かれた形が「用の美」である、そういった考え方があります。ひとつの真実であると同時にまた用のない美もあり、美それ自体が用である場合もあるのではないでしょうか。また、ある用途に適した形がべつの用を生む場合もあり、ものの形とその役目は、定まっているようで定まっておらず、誰かがそれと定めることで定まるもの、そんなことを考えます。

この話には定まった結論はありません。

役目と形という二つの港を行き来し、旅の途上に何かを見いだしながら、終点なく反復するものづくりの航路を旅する、小さな航海者としての私の、ある日の航海日誌です。

メガネコーヒー / megane-coffee

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